筋トレ短編小説① 「使える筋肉・使えない筋肉」
体力がないって、なんでこんなに惨めなのだろう・・・。
牧場純一郎は仕事からあがった後、家に帰るわけでもなく、会社の休憩所でうだうだと珈琲を飲んでいた。
純一郎の仕事は木工用品の工場の事務である。工場の仕事を直接しているわけではないから、体力仕事はそれほどない。しかしたまにほかの事務員の女性から頼まれて行う力仕事で役に立たないことに定評があった。
「まったく牧場さんをあてにするより、自分でした方が早いってどういうことなの、毎日鍛えてるんじゃないの?」
年は同じくらいの若い女性から、大げさにため息をつかれるのには、純一郎自身も傷つくのだ。
それには男だからと言う理由だけで、純一郎はダメだしをされるわけではない。
純一郎は体格が立派で筋肉質な体をしているわりには、体力がないのだ。
それで工場の仕事ではなく事務の仕事をしているという経緯もある。
純一郎は重く息を吐いた。
「結構鍛えてるつもりなんだけどなぁ・・・」
この仕事に就職する前、つまりは大学生の時。
細身で顔も青白いと言われるほどに貧弱な体質だった純一郎は、就職が決まると同時に体を鍛えた。すると面白いように筋肉質の体になり、まわりからも「変わった」と賞賛されるようになったのだ。
だがしかし、純一郎は筋肉質な体になっても体力には自信がなかった。
たゆまぬ努力を重ねてきた筋トレの思いもよらぬ成果に、純一郎も愕然とするしかない。
そこへ会社の同僚の相沢がやってきた。細身ではあるが、相沢の体もなかなか鍛えられている。若い上に体力もあって、仕事も出来る……会社内では人気者の青年だ。
「あぁ、ここにいたのか牧場」
「あ、相沢……」
二人はそして仲が良かった。会社の同期であるという以上に話のウマが合う。相沢は休憩所の自販機でお茶を買うと、純一郎の前に座った。
「どうしたんだ、急に呼び出して。なんかあったのか」
温かみのある声で言われ、純一郎はつい頼りたくなるような衝動に駆られたが、それもそれで何となく恥ずかしく感じ、何でもないような口調で言った。
「いや、それがね……また事務所の人に、体力がないねぇと言われてしまって。ちょっと笑われてしまって……」
「ふぅん、またか……めっちゃ傷ついただろ。」 図星である。
無茶苦茶に傷ついた。
もし自分が以前のような貧弱な体なら、ここまで傷つかないだろう。
しかし今の筋肉のついた体で言われると傷つく以外の何物でもない。
どうしてこうなったのか、自分でも分からないのだ。
相沢は言った。
「まぁ……牧場って、使える筋肉と使えない筋肉の違いが分からないまま鍛えちゃったって感じがするもんなぁ」
純一郎は頭を傾げた。
「なんだそれ。筋肉に使えるも使えないもないだろ、みんな筋肉だろ、それに違いなんて」
「まぁそうだな……筋肉って言うくくりで言うと使えない、使えるというくくりはない。みな平等に筋肉だ。でもな、その筋肉の作り方を間違うと、その筋肉はお前にとって役立たないものになる」
純一郎は頭を傾げるしかなかった。あまりイメージが出来ない話ではある。相沢はそんな純一郎の様子を見て、あぁと声を出した。
「そうだなぁ、うーんとな……ボディビルダーっているじゃないか。あの人たちはよくウェイトトレーニングだけをしているだろ。それで筋肉の固まりみたいな体をしているよな」
「あぁ、俺もすごく参考にしたよ。めっちゃ大きい筋肉でかっこよかったし」
「あれなぁ……人によっては見せかけの筋肉って馬鹿にするんだよ」
「え、何でだよ!」
純一郎は目を丸くする。
それにうなずきつつ、相沢は話を続けた。
「そうだなぁ……まずはさっき俺が言った使える筋肉の話をしようか。そこから理解しないと多分分からないと思うんだ」
「お、おう」
それで疑問が解決するのならばと、純一郎は身を乗り出した。
「使える筋肉って言うのは特にどこかの部位を指している言葉じゃないんだ。強いて言うなら状態のことを指している。筋肉をつけても、体がきちんと持続的に動ける運動性を持っているんだ。何だろう、筋肉と運動する意識がちゃんとつながっていると、その筋肉は動かすという動作を続けるために有用なものになり正確性を高めるんだ」
「なるほど……スポーツ選手が鍛えていても、すごく体を動かせるのは、体の筋肉の作りが使える筋肉になっているから……なんだな。」
相沢はぐっと親指を立てる。
「そうそう、さすが理解が早いぜ。話が進めやすい」
そう真正面からほめられても恥ずかしいものがある。純一郎は照れ隠しをするように、話を先に進めるよう促した。
「逆に言うとボディビルダーの人が見せかけの筋肉と言われてしまうのが、この運動性との連動がとれてないことが多いんだ。というより連動性を無視して筋肉を鍛えないと筋肉を大きく成長させることは難しいとされているんだ。一瞬だけ力を出すのはともかく、持続して力を出せない、狙った動きが出来ないと……と使えない筋肉と揶揄され
一瞬の強い力は出せなくても持続的な力を出せる人は使える筋肉とされるし、正確な動きができるという事が使える筋肉とされているんだ。
つまり、逆に考えると持続的な力を出す必要性がある人が一瞬しか力を出せないなんて、使えない筋肉であるのと同様に、お前みたいなムキムキな体で持続性がないということで、見せかけの筋肉と思われてもしょうがないという事なんだけど.....わかるかな?」
ぐさっと突き刺さる言葉である。純一郎は思わず目を細めた。気が遠くなりそうになる。つまり今までの自分の努力は見当違いであったということの証明だ。
何度か呼吸を繰り返し、それから純一郎はすがるように相沢をみた。
「じゃ、じゃぁ、どうすればいいんだよ! どうすれば使える筋肉を育てられるんだよ!」
相沢は突然の牧場の勢いに目を瞬かせたが、そうだなぁと言って天井を仰ぎながら言った。
「多分、牧場はウエイトトレーニングが中心で、ほかの持久力をあげたり、自分にとって必要な筋トレというものをそもそも理解していなかったりして、目的につながってない結果を出しているんじゃないかなと思う」
「まぁ、そうだな。ただ貧弱な身体を変えたかったというだけだったからな。」
「そうそう、つまりは牧場。おまえは自分にとって何が必要なのかをまず理解すべきだ、そしてそっから自分の必要な筋トレを考え出すのが、大きな近道になる」
相沢はにこっと笑い話をつづける。
「何かの競技の為なのか、筋持久力なのか、瞬発力、それともカッコよければそれでいいのか……それによってまた調べがつくだろう。まずは自分を知って目的を見据えることが大事だと思うよ。まぁ色々言ったけど見せかけだけの使えない筋肉なんてのは実はないんだよ。事実ボディビルダーだってボール競技は下手かも知れないけど、重いものは誰よりも挙げらるわけだし、例えば野球選手がバスケットは苦手というのと考えれば分かりやすくないか?」
「……そうか」
それは純一郎にとって、新鮮な話だった。筋トレをとにかくすればいいと思っていたが、まずは筋トレの前に自分を知って目的を持たなければいけないとは思わなかったのだ。
「よし、さっそくやってみるよ」
純一郎は大きく決心する。
日は暮れてすっかりと夜になっていたが、純一郎の心はしょぼくれたものから大きく感情は変わっていた。
筋トレの目的を見据えて・・・
さぁ今日は、ジムへ行こう!
あとがき
このストーリーはフィクションです。
「佐和島ゆらさん」というライターの方にお願いして筋トレに関する短編小説を書いてもらい、少し手を加えたものです。
佐和島ゆら さんの他の作品はこちらをどうぞ。
また、続編をお楽しみに
それでは、また。
参考著書
使える筋肉・使えない筋肉 理論編―筋トレでつけた筋肉は本当に「使えない」のか?
- 作者: 谷本道哉,石井直方
- 出版社/メーカー: ベースボールマガジン社
- 発売日: 2008/04
- メディア: 単行本
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